2008/04/24

火星

火星入植プロジェクトというものがあるみたい。
現在NASAなどで計画されている火星探査計画は“行って、調査をして、帰ってくる”ことが前提になっているのに対して、入植プロジェクトでは人間を“送り込み、永住させる”ことを目標としています。
スラッシュドットにも記事があった。

地球と火星の間には光の速さで片道5分かかるほどの距離があります。無線で通信できたとしても、こちらの言葉があちらに届くまで5分かかるということです。「元気?」って聞いたら、「元気だよ」って返事を聞くのに10分待たなきゃいけない。

もし自分がそれに志願したらって考えてみる。家族は絶対反対するだろうなぁ。“2度と会えない”なんて、“死”とどこが違うんだろう。本人にとっては大きく違うけど、人にとって人の生き死にはただ「会えるか会えないか」っていう一点に集約されるような気がします。

でもちょっとした知り合いだと、例えば同じ職場の人が会社をやめるとかって場合、その後“2度と会わない”ことは珍しくない。
だからもしその時、僕の意思が固いと知ればみんなは「がんばれよ」「元気でな」って言うかもね。そんで他の転職した人たちが地元とか東京とかに行くのと大差無く、文字通り打ち上げパーティを開くかもしれない。
面白いホームページを見つけたときのために、新しいメールアドレス(火星のドメインはやっぱりmarsだろうか)をみんなに教えなきゃならないだろうな。
直接顔をみたいという欲求さえなければ、別れはそう大きな問題ではない。連絡さえ取れれば生きてるのだ。あたりまえだけど。

僕は電子データ化した小説をめいっぱいパソコンに詰め込んで、あとは許されるならネコを連れて行くと思う。
見送りに来てくれた人たちと言葉を交わし、手を振って、ロケットに乗る。
で、3、2、1、発射。

みんなは飛んでいくロケットを数十秒目で追って、すぐ見えなくなるからそれ以上どうしようもないし、めいめい帰ってゆく。もうその時には今日の夕飯のこととか、週末の予定とか、彼氏彼女のことなんかを考えてるんだろうなあ。
分断された世界の中で僕は遠ざかる地球を見て、あの人はきっと泣いてるだろうなとか、あの人は怒ってるだろうなとか勝手に想像する。そして火星に着くまでにこなさなければならない山のような量の学習カリキュラムに取り掛かるのだ。

これはたぶん、日常的に起こっている事だと思う。一人で閉じこもって本を読んでいるとき、他人からすると僕は部屋にいようが火星にいようがくたばっていようが感知できないからね。
でもまあ、この文章の結論として「だから他人を大切にしよう」とか「もっと自己主張しよう」とか、そんなつまらないことは言いません。

砂漠の火星にも希望はある。だんだん住みやすくなる楽しみとか、次の便でどんな人がくるんだろうとか、タイムラグ10分の電話とかね。