2012/11/01

機能の飽和

パナソニックが今期7650億円の赤字というニュース。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121031-00000084-mai-bus_all

シャープも2500億の赤字。ただしソニーは今期黒字になりそうだし、東芝は見込みよりは低いもののプラス。日立製作所は見込みより大幅増、ということで日本全体がひどく落ち込んでいるわけではないようだ。

しかし最近はもしかすると“人が必要とするもの”が飽和しつつあるのかな、と考えてしまうことがある。

10年ほど前までは、パソコンで音を再生するためにサウンドカードなるものを拡張バスに差し込んでいた。これは音声向けに規格化されたAD/DAコンバータである。
最初の頃は16bit44.1kHzのCDレベルを実現するために20センチもあるような大きな基板で、何万もするものだった。(しかも音はあまり良くなかった)
しかしこれがあっという間にどんどん音質がよくなった。DAの性能が上がって、処理速度が人間の耳の分解能を超えてしまった。
こうなると、よっぽど耳がいい人や再生環境がいい人を除く、世の中の大半の人にとっては“サウンドカードの機能”はこれ以上進化する必要の無い状態になる。つまり機能が飽和してしまったのだ。
 その後サウンドカードは小さく、安くなっていって、今ではチップセットに取り込まれてしまった。現在では特別な理由が無ければ音の再生のためにハードウェアを追加購入する必要は無い。

映像の分野では、最近はFullHDから4Kなんていう話になってきている。一般的なテレビのサイズからドットピッチを考えると、もしかしたら4Kというのは必要なのかも知れない。ただ、その先は必ずしも必要ではないかもしれない。何故かと言うと某網膜ディスプレイでは実際、ドットが目で確認できないサイズになっているからだ。ディスプレイというものが人間が目で見て使うものである以上、ここで高精細化の機能はやはり飽和してしまっている。


機能に伸び代があれば、どこまで伸ばすかという部分で勝負できる。実際日本のメーカーは品質と先進性で勝負し、優秀な成績を収めてきた。しかし現在、いままでの概念で人間が必要なモノについては、真面目さや努力で差をつけるような伸び代が無くなってきてしまっているのではないだろうか。

最近は洗剤の量をスマホで設定できる洗濯機とか、空気洗浄機が付属したコピー機とか、一般消費者の視点だとニーズからズレてるのではと感じてしまうような製品が散見されるわけだけど、こういうのは蛇足であって他を引き離す『伸び』では無い。
機能が飽和してしまったら、後は小さく安く簡単に…という方向へ進むしかないのでは、としか自分としては想像できない。

特に現在は『安い』という価値が重視される傾向にあるように思える。そして、安くものを作ることについては日本は不利な立場にある。
いろいろな電化製品の機能が飽和していく中、日本の企業にどういう道が残されているのだろう。

自分は製造業に身をおいているので、このまま安い海外製品に押されてどんどん小さくなっていったり身売りしたり、というような話ばかりになっては寂しいなと思う。しかしこれからは、いままでみたいにひとつの家電の登場でドラスティックに生活が変わるというようなことは考えにくい。となると製造業は少しずつ縮小していき、日本の主軸はもう少し別のほう(これは良くわからないけれど、ソフトウェアとかエネルギーとか?)に移っていくのかなと考えたりもする。

まあとにかく、大きい企業で赤字とかリストラとか聞こえてくるのは怖いものです。もっと世の中景気良くなればいいなと。